初回予約者様分ライヴチケット発送完了のおしらせ

発送が遅れておりましたヨルガワンマンライヴ「帝都復興機関詞」のチケットですが、初回予約を頂いた皆様へは本日発送を完了致しました。東京近郊でしたら早ければ明日、遠方の方でも週明け水曜までくらいには届くかと思います。

年内に届かなかった場合は、年明けよりお問い合わせを承ります。お申し込み者様のご氏名、ご住所、連絡先と、申し込んだチケット種別・枚数を明記の上、メールフォームよりご連絡下さい。確認の上、折り返しメールにて再受取の方法をおしらせ致します。

ご予約頂いた皆様にはお待たせしてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。

※なお、追加予約分につきましては、只今入金確認手続きの段階です。発送までもう少しお待ち下さい。

ライヴ「帝都復興機関詞」チケット発送遅延のお詫びとおしらせ

12月上旬を予定しておりました「帝都復興機関詞」のチケット発送ですが、諸事情にて遅延しております。お申し込み下さった皆様にはお待たせしてしまっておりたいへん申し訳ありません。まずは心よりお詫び申し上げます。

チケット発送作業は途中まで進んでおりまして、今週末~来週頭の発送を予定しております。年内にはお届けできると思いますので、たいへん恐縮ですがもう少しの間お待ち頂けますようお願い致します。

発送が完了しましたらまたこちらでおしらせさせて頂きます。

取り急ぎのお詫びとおしらせまで。

ヨルガ文庫より新刊「微睡む琥珀」のおしらせ

国の祭典で賑々しく巷の浮き立つこの頃、紳士淑女の皆様に於かれましては如何お過ごしでしょうか。とりどりの色と星に飾られた街もまた異郷の風情ありて美しきもので御座います。

異国の祭典に寄せて、というほどのものでもありませんが、ヨルガ文庫より皆様へ、新刊「微睡む琥珀」をお贈り致します。筆者は「翡翠の小鳥」のみとせのりこ女史、そして本作「微睡む琥珀」は件の「翡翠の小鳥」続編であります。短編小説ではありますが、電脳表示で読むにはいささか長さがございましたため、編の2回に分けての掲載です。過たず前編より先にご覧下さいますよう。

第六区の路地の奥、店を構える不可思議な骨董屋シゲンドウ。帝都という街、そしてその住人たちの織り成すこもごもの物語、皆様どうぞ暫し帝都にお遊び下さい。

【ヨルガ文庫】微睡む琥珀-前編-

「というわけで、」
「すみません、また電球を買いに来たんですけど。」
つい数日前に訪れた店のカウンターの前で、なんとも所在無く僕はそう呟いた。
店主は黒眼鏡の奥から僕を見返すと、わずかに首を傾げる。
「お渡ししたお品は不良品でございましたか?でしたらたいへん失礼を…」
言いかけたその言葉を慌てて手のひらで遮って、僕は幾度も首を横に振る。
「違います、そうじゃないんです、その、実は」
僕の言葉を待つかの如く、店主は無言のままこちらを見た。カチカチと振り子の揺れる音が漂うその間を刻んでいる。
―――振り子時計の音が四つ鳴った。

*
煙草の煙の匂いとアルコホルの匂い、そして女たちの香水の匂いが入り混じったその空間は、モダンな音楽の生演奏と人たちのさざめき、そして琥珀色の光に満ちている。西洋風に造られた曲線を描く階段、吹き抜けのホールと桟敷を持つこの店は、第二区ではちょっと有名なカフェーである。白と茶色の市松になった床は大理石の光沢を放ち、革張りの長椅子と重い無垢材のテーブルを硝子の洋燈が照らし出す。マホガニーを細緻に彫刻したバーカウンターの奥では、白と黒の西洋服に身を固めた店員が淀みない所作で作業を続けている。ひらりひらりと市松の上を女たちの衣服の裾が舞う。薄物のドレスの妖精の翅のような淡い色彩もあれば、ふき綿も豊かに艶なる花を染めた裾模様もあり、革靴の立てる硬い音と、フェルトの履物の軽い音とが交じり合う。夜の灯りの下のせいか、わずかに薄靄がかかったようなその光景は何処か幻想的に見えた。
「…君、おい、笹木君!」
僕は名前を呼ばれて我に返った。声のした方に顔を向けると、カットグラスを片手に僕を見ている眉の太い男が目に入る。髪に鳥打帽を被った跡がついていて、もともと癖の強い髪の左側だけがさらに一房不自然に跳ねている。僕より頭一つ分くらい顔の位置が低い。
「大丈夫か、笹木君。確りし給えよ、もう酔っちまったのかい?」
男はそう言うと、空いている方の手で灰皿から煙草を取り上げた。紙で巻かれた西洋煙草は煙管とも葉巻とも違う独特の、乾いたような埃に似た薫りがする。
「それともあれか、ダンスフロアをそんなに熱心に見つめているとは、気に入った娘でもいたのかい?」
左右非対称の笑いを口元に浮かべ、男は曲線に細めた上目遣いで僕を見る。眉も見事に曲線だ。
「朴念仁…否、聖人君子の笹木先生のハァトを射止めた女はどの娘だね?」
黒革の長椅子の背に手をついて、ダンスフロアの方へ首を伸ばす男は始終陽気に笑っている。僕から見れば彼の方がむしろ酔っ払いである。
「そんなんじゃありませんよ。」
僕は自分の手の中のグラスを口元に運んだ。刺すような刺激の奥から、薬に似た甘さが舌に広がる。西洋の酒というのもまた独特の味がする。
この男はカストリ雑誌の編集長で石田という。とはいってもライターも兼業していて、その雑誌社の社員は彼ひとりのみという個人雑誌である。その傍らで彼はとある文芸雑誌の編集者も務めており、小柄な見た目に反して非常にバイタリティ溢れる傑物なのだ。彼曰く、宮仕えで稼いだなけなしの金で細々と好きなことをしている、のだそうだが、まだ駆け出しの頃彼に出会った僕は、食うのもやっとといった時分、彼から変名で短文の仕事を貰ったりしていた。恩人でもあり、仕事相手でもあるのだが、気づけば付き合いも長くなり、僕らはなんとなく友人のような間柄になっている。

流れてくる音楽が緩やかなものに変わった。グラスを片手にしたまま湧いてきた欠伸を噛み殺す僕を目敏く認め、石田が口を開く。
「笹木君、なんだか眠そうだな。忙しいのかい?誘って悪かったかな。」
申し訳なさそうに太い眉を「ハ」の字にして僕を覗き込む。この男は本当に他人に対してよく気の回る人格者で、新人の文士にも実に親身に接してくれる。僕は彼のそういうところに心から感謝し、また尊敬もしている。
「ああ、いや、そんなことないです。僕一人じゃあこんな店には来られませんしね、むしろ感謝してます。息抜きにもなりますし。」
全く以って彼に対する謝意は尽きぬのだが、くどくど礼など言えば彼は逆に気を遣うので、その後はただ笑ってみせた。
「息抜き?筆が煮詰まってるのかい?」
しかし石田は今度は心配そうに僕を見上げてくる。真面目なこの人物には、下手に誤魔化すよりも素直に話した方がよさそうだ。
「煮詰まってるというか…まあ進んでないのは確かなんですが。最近切れた電球を買い直したんですけど、どうもこの電球が可怪しくてですね。」
僕がそう言うと、彼は可怪しい?と僕の言葉をなぞった。先を話せということだろう。僕はどう説明すべきかちょっと思案して、天井にある硝子の洋燈を見上げる。
「それが…」

点けるとまるで幻燈機のように幻を見せるのである。

最初は羽虫か何かだと思ったのだ。
仄白い小さな影が視界にちらつくのを見て、羽虫が灯りに寄って来たのだろうと、よく見もせずに手で追い払っていた。虫の数は最初は一匹二匹程度で、その段では気にするでもなかったのだが、時間を追うと徐々に払う回数が増え、どうにも虫が増えたように思われた。そうなると筆に集中できなくなってくる。仕方なく一旦灯りを消し、虫が外に出てくれるのを待って、小さな侵入者の姿が見当たらなくなったのを確認してから窓も閉めたのだが、執筆に戻って暫くするとまた何処からか羽虫は現れる。最初は雲霞か何かと思われたのだが、新たに見た影は蜉蝣くらいの翅周りだった。その大きさの虫に飛びまわられるのはさすがに鬱陶しい。捕まえて外に出そうと一旦筆を置き、薄く透けるその翅の行方を目で追って、初めて気づいたのである。それが虫ではないことに。
かと言って「何」と言い表せる言葉があるわけでもない。それは不思議な形をしたものたちだった。海月のようなものもあれば、なんとも表現し難いものもある。小さいうちはよく見えていなかったが、大きくなってきたらディテイルが判るようになったのだ。明瞭に判別できるものは、西洋の絵本の挿絵に出てくる妖精や、図鑑に載っている古代蟲、或いは鳥に似ているものもあった。恐る恐る捕獲を試みてみたのだが、どうにも掴むことができず、するすると手のひらをすり抜けてしまう。暫くそれらを観察してみたのだが、特に何をしてくるでもなく、ただそこに漂っているだけのものらしい。つまり別に実害があるわけでもなかったのだが、空を舞う奇妙なそれらを無視して原稿用紙に向かえる程には、僕は心頭を滅却し切れなかった。全く修行が足りていない。

「気になっちゃって仕事は手につかないし、おまけに寝不足でこの為体ですよ。」
琥珀色の液体で唇を湿らせながら、僕はあの骨董屋を思い出していた。その電球を買った骨董屋。「夢買イマス」という札を提げ、「シゲンドウ」と名乗った黒尽くめの店主と無口な西洋の少女がいるあの不思議な店。思えばあの店も、入った瞬間、仄白いような不思議な光に満ちていた気がする。時間に置き去られてあの空間だけ時計の螺子が緩やかに解けているような、そんな手触りのする、懐かしい水底のようなあの空気。

「おい、君!」

僕は我知らず翡翠色の小鳥が織り成す回想に沈んでいたのだが、それは突然の声に破られた。

「そこの君だ、書生君、いや、学生ということはないか。」
やたらと滑舌が良いはっきりと通るその声の主の方を振り返って見ると、短髪に銀縁の眼鏡をかけた男が立っていた。一重瞼に三角の目の持ち主で、鼻の線が細い。その割に輪郭線は少年のように滑らかで、顎はきりりと小さく尖っている。少し猛禽類を思わせる顔なのだが、不思議な愛嬌があるように感じた。年の頃はおそらく僕と同じか、一つ二つ上か―――とはいえ僕のそういった目はあまり確かではないので、当たっているかどうかは甚だ疑問なのだが。白いシャツには織による細いストライプの陰翳が浮かび、襟とカフスだけは織り模様のない真っ白な平織で接ぎ替えられている。素人目に見ても仕立ても素材も良いそのシャツと洋履、洋燈の光を映し返すほど磨かれた革の西洋靴。傍らで石田がぎょっとしたような顔で「西王子の…」と呟くのが聴こえたが、乱入してきたその男の声が大きいので続きはよく聴こえなかった。
「その話をもっと詳しく聞かせてくれ給え。」
そう言って男がテーブルについた手に目を向けると、袖口のカフス釦が鈍く光った。純銀らしいそのカフスの面には金色のメダイのようなものが嵌められていて、帝都のシンボルである六晶の紋が刻まれている。中央に勤めている人なのだろう。第二区は中央の隣の区画であるためか、このあたりのカフェーには政治家や中央勤務の人たちが多く通う。新しもの好きの連中や、文化人も多い。出版社も近いせいで編集者や記者たちも集まる。尤も編集者や記者は、酒の席に零れ落ちる様々な情報の方を目当てにしている節もあるのだが。
僕は今の話をどこから話し直していいものやら少し迷ったのだが、最初から話すことにした。とてもじゃないが断れるような勢いではなかったのである。

「ふむ、つまりその骨董屋で買ったヨルガ動力の電球が怪しいわけだな。」
すっかり僕らの席に落着いてしまったその男は、驚くほど熱心に僕の奇妙な話を聞いた。話の都度肯き、問い返し、口の中で何かぶつぶつと呟いては内容を整理して分析しているようだった。
「うーむ、その骨董屋にも興味が尽きないが…」
顎に手をあてて考え込んでいたその男は突然顔を上げて僕の方を見ると、よし、と手を打って、唐突にこんな科白を吐いた。
「君、その電球を僕に譲ってくれないか。」
思わず間抜けな声で問い返しそうになった僕だったが、その前に彼の言葉をもう一度頭の中で反芻する必要を感じた。今、この男は、電球を譲ってくれとそう言った、ように聞こえたが、果たして合っているのか。僕は助けを求めるように石田の方を見たが、石田は僕に輪をかけて呆然と、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で口を開けている。そんな僕らにお構いなく、目の前の男はさらに畳み込む。
「勿論、無償(ただ)とは言わん。十分な対価を支払おう。」
幾らで譲ってくれる?と僕に迫る彼の顔を見て、彼がこの上なく真剣なのだということはよく判った。しかし曰く付きの変な電球なのである。いいのだろうか。僕がそのように問うと、彼は胸を張ってはっきりと答えた。
「だからいいんじゃないか。普通の電球なら何処でも買えるだろう。」
性急な性質らしく、譲ってくれるのかくれないのかと、彼が早々に回答を求めるのを見て、これは譲らないなどと言ったところで聞きはしないだろうなあと僕は半ば諦め気味に息を吐いた。
「構いませんよ。少しだけ使ってしまったので中古ですけど、それで宜しければ。」
僕がそう言った途端、彼の睛が綺羅の如く輝いた。謝辞を述べる満面の笑みを見ていると、誰かに似ているような気がした。誰だろう、と思って記憶を探ると、悪戯好きで利発な故郷の弟の顔が浮かんだ。確かにあれはこういう目をしてよく僕に悪戯を仕掛けたものだった。

僕としても正直あの電球では仕事にならないので、どちらにしても買い換えるしかなかったのだ。置いておいても使えない電球、欲しいという者があるなら、その手に渡した方が物だって幸せな筈である。
「僕は西王子、西王子正史(ニシオウジ・タダフミ)だ。よろしく。」
彼はそう言うとその右手を僕に向かって差し出した。僕も釣られて右手を出しながら、訳のわからぬまま自分の名を名乗る。
「ええと、笹木草一朗(ササキ・ソウイチロウ)です、宜しくお願いしま…」
最後の一文字を言い終える前に、彼、西王子の手が僕の手を掴んだ。と、思うと勢いよく上下に振ったので、最後のその一文字は何処かへ吹っ飛んでしまった。
「よろしく頼む。それにどうやら君はもっとたくさん面白い話を知っていそうじゃないか。是非その話も聞かせてもらいたいんだが…」
銀色の眼鏡がずいと近づいて、空いている手が僕の肩を掴んだ。眼鏡の向こうの睛はやや色素が薄くて瞳孔が目立つ、そんなところもなんとなく猛禽類じみている。しかしこんなに他人に接近されたことがないため、僕は思わず後ろに体を引いた。長椅子の背に張られた革が僕の代わりに、きゅう、と泣くような情けない音を立てた。

「あら、そのお声は西王子先生でいらっしゃいますわね。」

そのとき、艶のある女の声が聴こえた。
例えるならそれは絹の天鵞絨のような質感の声だった。ざわめきと音楽とに満たされた雑多なこの空間の中にあっても、まるで耳に吸い付くように届いた。先ほどまでのこの男の声に較べれば囁きと言ってもいい喋り方だったにも関わらず、その声の前には他のすべての音が無音になったかのようにさえ思われた。
「ああ、君か。」
西王子”先生”と呼ばれた男は振り返ると、彼女に笑い返した。どうやらふたりは知り合いのようである。
「お久しぶりです。お元気でいらっしゃるようで何よりですわ。」
女性は膝下丈のモダンな西洋服を纏い、肩には狐の追い掛けを掛けている。琥珀色の光を映す生成りのその布はジョォゼットだろうか、薄く滑らかに落ちる裾には繊細で複雑なレースとタックの切り嵌め細工が左右非対称(アシンメトリ)に施されている。袖と襟は裾に較べると素っ気無いような断ち切りであるが、そのデザインはかえって袖口から伸びる彼女の腕のたおやかさと首筋の細さを際立たせていた。
「お久しぶりなのは僕の方ではなく、君の方だと思うんだが。」
「まあ、先生。先生らしい仰り様ですわね。ふふ。」
僕は取り敢えず会話の矛先が自分から逸れたことに安堵しながら密かに溜息をついた。変わらず滑舌はいいのだが、先ほどまでよりも落着いて聞こえるこの男の洒脱な受け答えに少しばかり驚きを覚えながら、二人の会話を見守る。
「あら…そのお隣の方…」
すると彼女は気づいたように僕の方に顔を向けた。緩やかに巻かれた長い髪が左の目に掛かるように流れ落ち、右の目は閉じられたままだ。彼女は探るように手のひらを空に向けて彷徨わせた。細く白い指先はたおやかな曲線を描いて、蝶の浮遊を思わせる。そして僕はそのとき初めて、この女性は目が見えないのだということに気づいた。彼女は慣れたようにその手のひらを僕の方へ伸べると、ふと首を傾げた。
「何かしら…とても懐かしい…貴方から懐かしい光を感じますわ。以前にお会いしたことがありましたかしら?」
あるわけがない。僕にこんな美しい女性の知り合いがいたなら、もう少しこれまでの人生が色彩豊かだったと思う。
どう答えたものかと思っていると、西王子が口を挟んだ。
「君、その科白は以前僕にも言わなかったかね?」
女性はにこりと微笑むと、変わらぬ柔らかな声で答えた。
「ええ、申し上げましたわ。西王子先生は先生の周囲にその光が漂って視えますの。でもこちらの方はこの方の中からその光を感じるような…」
耳の奥をふわりと包まれるような声である。それでいて芯のある響き。声色の柔らかい女性<ひと>は微笑みも柔らかいものなのだなあと、そんなことを考えながら見惚れる僕を他所に、彼女は少しばかり驚くような発言をした。
「おふたりは何だか似ていらっしゃるので、旧来のご友人同士なのかと思いましたのよ。」
いえ、たった今ここで会ったばかりです。と、言いたいのだが、ここで口を挟むべきかどうかも判らず、僕は心の中でだけそう呟く。ところが西王子という男はまたもや頓狂な反応をした。
「おお、君、笹木君だったか、やっぱり僕たちは友となる運命にあるようじゃないか!実に喜ばしいことだ。」
晴れやかに笑うこの男は僕から見ればかなり常軌を逸しているのだが、女性の方は一向意に介す風もなく微笑みを崩さない。この女性、この男のこういう態度にもう慣れているのだろうか。それとも僕が狭量なのか。そんなことをぐるぐる考えていると、女性は僕に向かって礼をした。
「笹木様と仰るのね。宜しくお願い致します。」
僕は面喰らってしどろもどろになりながら、先ほどしたように名を名乗る。
「あ、どうも。笹木ソウイチロウです…」
すると意外な方向から肘で突付かれた。石田である。右手を示しながら口だけを動かして何か必死で訴えている。ああ、もしかして握手をしろということか。
僕は右手を差し出した。握った彼女の手は少しだけひやりとして滑らかで、やわらかな手だったにも関わらず何故か僕はその手触りから真珠か磨かれた鉱石を連想した。
同席している石田にも彼女は丁寧に挨拶をし、石田も流暢な受け応えで応じる。石田が僕をずいぶん持ち上げて紹介したので、僕は未来の大作家様ということになってしまった。石田の心遣いはとても有難いのだが、居心地が悪いので正直勘弁して欲しい。自分の書いているものが非常に地味で、世に大当たりするようなものではないことくらい、自分が一番よく知っているつもりである。

会話の途中、気づいたように彼女が顔を上げた。
「あら、休憩に入ってしまいましたのね。急がなくちゃ。」
何のことかと思ったが、彼女が首を少し伸ばして周囲の音を聴いているのに気づいた。先ほどまで流れていた音楽が止んで、楽師たちは思い思いに楽器の手入れをした歓談したりしている。
「私ひとりの足では少し舞台が遠いようですわ。西王子先生、お話中恐縮なのですけれど、私を舞台まで案内して頂けますかしら。」
彼女は西王子に向かって微笑むと手を差し伸べた。風になびく花茎を思わせるその動きはなんとも優雅である。
「それは光栄なお申し出です。喜んでその大役を果たさせて頂きましょう。」
西王子は右手の指を揃え軽く己の胸に引き寄せると、実に洗練された所作で礼をした。男の僕でも見惚れてしまうほど流麗で淀みのない動き。逆の手で彼女の細く白い指を取る。では、と彼女は僕たちに頭を下げ、歩き出した。刺繍された布と滑らかな革を組み合わせたパンプスと、ひらめく裾の影が磨かれた床に映りこむ。彼女が通り過ぎるとき、ふわりと甘いような懐かしいような馨が漂った。
彼女をエスコォトしている西王子は、数歩進んでから思い出したように振り返ると右手を挙げ、
「おい、笹木君、約束だぞ、忘れるなよ!」
と大きな声で叫んだ。他の席の客たちが振り返ったが、西王子は気にする様子もなくまた前を向くと、彼女とともに悠然と歩いて行った。

彼らが去った後、僕はなんだか呆然としてしまって、暫く何を言っていいやら判らなかったのだが、そんな僕の横で石田が盛大に溜まっていた息を吐いた。
「…笹木君、君は本当に変わったものを寄せる体質だなあ。」

遠ざかる二人の背中を見送って、石田は驚きも覚めやらぬ顔で額の汗を拭いながら言う。「ああ、あの綺麗な女性のことですか?」
僕もなんだか喉が渇いて手元のグラスの中身を一気に飲んだ。幸い氷がすっかり溶けてアルコホルは薄まっており、冷たいその液体は程よく僕を落着かせてくれた。
「いや違うって、まあそりゃそっちもそうだが、何より男の方だよ。」
石田は自分のグラスに手酌で酒を注いで氷を放り込む。順序が逆になっているあたり、彼も動揺しているのだろう。まだ殆どストレートであるそれをぐいとあおると、元々低い位置にある背をさらに屈め、声を潜めるようにして言った。
「あの男はな、かの西王子侯爵家の長男だよ。」
気づかなかったのか?と半ば呆れたように僕を見上げながら新しい紙巻煙草に火をつける。「西王子侯爵」と言われれば、若干世事に疎い僕でもさすがにわかる。帝都政府の最上層部、切れ者と噂の高い要も要の人物だ。誰でも顔くらいは新聞で知っている、とんでもない有名人である。しかしそんなお堅い人物のご子息というには、あの男は随分破天荒な性格だった気がするのだが。
「とはいえ変わり者でな、帝大を首席で出るくらいの天才で、しかも西王子家の嫡男だというのに、政治の方には一切関心がなくて、なんと医者になっちまったんだと。医者っていうか研究者か?中央の研究施設、それから三区の大病棟にも籍を置いてるって話だ。」さすが雑誌の編集長、石田はこういったゴシップには恐ろしく詳しい。
僕は先ほど目に留まった彼のシャツの袖口にあったカフスを思い出していた。あの帝都の紋章は、中央機関の関係者に与えられる徽章を加工したものなのだろう。しかも金の徽章ということは、それなりに高い地位の仕事をしているのだ。
石田はいつの間にか先ほどの酒を空けていて、今度は氷を先に入れると咥え煙草のまま再びデキャンタの硝子の蓋に手を掛けた。動揺というより興奮しているのかもしれない。
「ただな、天才とナントカは紙一重って言うだろう?そんな研究をやってるってのに、どうも大のオカルト好きなんだとよ。」
それを聞いて僕はいろんなことを一気に理解した。
政治方面の記事には慎重な筈のこの男が、何故こんなに西王子という人物に詳しいのか、そして彼、西王子が電球や僕の与太話に何故あれほど興味を示したのか。先ほどの石田への賛辞を、「さすが雑誌の編集長」から「さすがカストリ雑誌の編集長」に訂正せねばなるまい。
「噂には聞いていたが、こりゃ噂はほとんど真実だったってことでいいみたいだな。全くそのまま家継いでりゃ爵位持ちだってのに、天才の考えることは凡人にはよく判らんねえ。」
まあいい取材対象ではあるんだがなあ、あの家柄じゃなあ…と石田は独り言のようにぶつぶつと呟いた。確かにカストリ好きのする人物でしかも家柄的にも非常にネタになる。が、しかし、下手に書いても揉み消されるか、悪くすれば藪を突付いて大蛇が出かねないというわけだ。

そのとき、ぽーんとひとつ、ピアノの音が響いた。休憩を挟んでいた舞台で再び演奏が始まるのだろう。目を向けると、舞台の中央には先ほどの女性が佇んでいた。

嗚呼、この店の歌姫だったのか。

音数の少ない静謐な前奏が終わり、彼女の唇が動く。
それはどこまでも柔らかく澄んだ歌声だった。光沢を持ち空気を含んだ上質の絹糸が、螺旋を描いて織られながら天へ昇ってゆくような、柔らかな耳触りと馥郁たる響き。ざわめきに満たされていた店の中もこのときばかりは静まり返り、皆一様に彼女の声に耳を傾けている。僕らも会話を忘れ彼女の歌に聴き入り、彼女の姿に見入った。その立ち姿、わずかに揺れる腕や肩、服の裾の動きまでもが「音楽」だった。
白い指先が描く軌道を追い、僕の目はその指が彼女の白い頬の前をよぎるのを映す。そのとき歌う彼女と目が合った。これだけ距離を置いていて目線など定かではないのだが、それにそもそも彼女は目を瞑じているはずなのだか、何故か僕ははっきりとそう感じたのだ。
刹那、僕は己の足元から彼女の足元へ、澄んで煌く大きな流れを視た。地下深くを流れる川、まるで巨大な水脈のような。否、水ではなく、鉱脈なのかもしれない。水よりももっと硬質で冷たい静謐な光。その仄白い表面(おもて)から、水面に散る微かな飛沫のように光の欠片が跳ねる。その欠片は蛍か羽虫のようにゆらゆらと漂い、光の大河を淡く縁取っている。静止しているのに、流れている。遠いのに、触れそうなほどに近い。あんなにも巨大なのに、どこか幽けく儚い。不思議な、形容し難い淡く美しい光。耳に届くピアノの弦の響きの中に、何処からか硬く澄んだ別の音(ね)が混じる。深い深いところから響くような、それは不思議な音色だった。
足元の床がなくなったような錯覚を覚えて、僕は長椅子の中でバランスを失った。思わず目を閉じて背凭れに倒れこむ。手すりの革張りの手触りを掴んで目を開けてみると、先ほどの幻影は消え、琥珀色の光に満ちた店の風景に戻っていた。市松の床、紳士淑女の群れ、花を模った硝子の電笠。
彼女の一曲目の歌は終わっていた。拍手が高い漆喰の天井に描かれた造り物の円い青空に吸い込まれていく。

「大丈夫か笹木君、居眠りするくらいきついのかい?」
先刻僕が突然背凭れに体を落としたのを居眠りと誤解したのだろう、石田が伺うようにこちらを見た。舞台では演奏は二曲目に移り、歌姫は今度は西洋の言葉で楽を紡いでいる。僕は先ほどの幻影の衝撃から抜けられず、微妙に現実感がないままだ。どう言っていいのか判らないが、とてつもなく大きな、深い、そのくせ懐かしい温かさと――畏怖ろしさを併せ持つ、そんな風景だった。体の中にまだその感覚が残留している。
「石田さん、今…」
そう言いかけたが僕は続きを飲み込んだ。おそらく彼には視えていなかったのだろう。純朴なこの人物のことだ、あんなものを見ていたら真っ先に声を上げているに違いない。
「笹木君、珍しく酔ってるな。顔色がよくないぞ。それとも何だ、また君お得意の怪奇体験てやつか?おお、だったら大歓迎だぞ。飯の種だからな。」
石田は揶揄うように豪快に笑うと、僕の腕を叩いた。
「まあまあ、今日はそろそろ終いにして帰ろうじゃないか。この店の看板、珠玉と謳われる歌姫の歌も聴けたことだし、十分にいい夜だった。」

歌姫の歌が終わる頃、僕らは席を立った。桟敷の手すりから店を見下ろし、そして高い天井を見上げる。漆喰の白い壁は白熱灯の光で薄い琥珀の衣を纏い、床の大理石(マーブル)は市松模様の中に古い時間と地層を抱いて横たわる。客は少しはまばらになったものの、まだ続く夜を楽しんでグラスを傾けている。宵闇の底に淡く灯り、人たちを殻のように抱く、この店そのものがまるで大きな琥珀のようだ。

後編へ⇒

【ヨルガ文庫】微睡む琥珀-後編-

「というわけで、」
僕は最初と同じ枕を口にする。物書きとしては実に冴えない言葉選びだが、あまりに唐突なその話の内容を考えると他に何も適正な語句が浮かんでこない。
「先日頂いた電球はその人に譲ってしまったんです。」
しかも西王子氏が僕に渡した対価はまったくもって電球の値段ではなかったのである。こんなに受け取れないと言ってはみたのだが、西王子氏のあの勢いに勝てるわけもなく、僕はわらしべ長者のようにして電球ひとつで予想だにしない値を得てしまったのであった。
「なので今度はちゃんと正しいお値段で買わせて頂こうと思って。」
「それはそれは。いろいろございましたねえ。」
店主は平静を装っているが、喉の奥で明らかに笑いを噛み殺している。そりゃあ笑うしかない珍妙な話だとは思うし、僕もまあ、せめて笑ってもらえた方が、あのドタバタも人を和ませる話の種くらいにはなったと思えて気が紛れるのだが。
店主はカウンターの向こうにある引き出しを大きく開けて、電球の箱を選別している。黒い背中越しに覗き見ると、紺と黄色のパッケージから電球を出し、両手に持って矯めつ眇めつ、左手の物を別の箱のものに取り替えてまた見比べ、それを繰り返しているらしい。どれも同じ商品だと思うのだが、怪現象のことを気にしているのだろうか。僕は何だか申し訳ない気分になってその背中を見つめていたが、彼はそうして選び出したひとつを右手に持って、漸う振り返った。見慣れたヨルガ動力の電球の紙箱がカウンターの硝子の上に置かれる。
「お幾らですか?」
僕は訊ねた。前回は驚かせたお詫びと言われてずいぶんな安価で譲ってもらってしまったのだ。今度こそ正しい対価を払わねば。すると店主は、左様でございますね、とわずかに空を見、そして莞爾としてこう言った。
「ではこの電球、差し上げましょう。」
僕は一瞬耳を疑った。一瞬どころか次の瞬間もその次の瞬間も、店主の返答の意味が判らずに、その言葉を何度も頭の中で反芻してみた。嗚呼、こんなことがつい先日もあったような気がする。微妙に混乱する僕を見て何を勘違いしたものか、彼はさらにこんな句を継いだ。
「大丈夫ですよ、今度は普通の電球…の、筈です。完全な保証は致しかねる部分がございますけれどね、何せ持ち主にも拠りますから、こればかりは。」
相変わらず店主の受け答えは訳が判らない。その科白の意味を考えようとして僕はさらに混乱し、一瞬大元の問題を忘れそうになったが、なんとか踏みとどまった。今は電球の値段が先である。
「え、いえ、ご店主、何を仰ってるんですか。そんな筋の通らない…」
慌てる僕に向かって落着いた様子で微笑すると、店主は語尾を上げてこう言った。
「かわりに是非今度、その西王子家のご長男というお方をお伴れになってご来店頂けると、私どもとしては非常に幸甚なのですが。」
…なるほど。
先の利益を見越しての取引ということか。
思ったより商売上手らしい店主のその言葉に、僕はあーとかうーとか、まるで意味を成さない声を洩らした。何せその話なら、と、そう思ったその瞬間だった。
勢いよく扉の開く音がした。

「おい、笹木君!」

「抜け駆けはなしだぞ、今度行くときは僕も連れて行けと言っただろう!」
よく通る大きな声がして、木の床を西洋靴の硬い革底が叩く音が小気味よく近づいてくる。振り返ると当然のようにその人物が立っていた。
「西王子さ…!」
そうなのだ、僕は今日、この店の近くで彼と待ち合わせをしていたのである。無論それから件の「シゲンドウ」に案内する約束で。ただその前に店主に事情だけでも説明して、買物を済ませておこうと思い、少し早めに立ち寄ったのだった。今だっておそらくまだ待ち合わせの時間にはなっていない…筈なのだが、何故彼が此処にいるのだろう。
「ええと、その、西王子さ」
そして僕がまた最後の一文字を言い終わらないうちに、僕の言葉は西王子氏に遮られた。
「嗚呼鬱陶しい、君、様だのと付けてくれるなよ。生家は僕が選んだ訳じゃないぞ、だから家にくっついているものは僕のものでも何でもない。僕はただの西王子だ。呼び捨ててもらって構わない。」
歯切れのいい滑舌で言い放つと、彼は胸の前で腕を組んで僕を見た。見た、というか、一見するとふんぞり返っているように見える。呼び捨てにてくれというその希望と、それを口にしている彼の有無を言わさぬその態度があまりにも乖離しているので、どう答えていいものか言葉を選びあぐねて口ごもっていると、彼は急にぽんと手を叩いた。
「よし、僕も君を呼び捨てにしよう。だから君も僕を西王子と呼べ。それで問題ない。」
あまりに自信満々な理論の飛躍に僕は最早反論する気を持てなくなり、間抜けな声で可能と思われる範囲の折衷案を唱えてみた。
「いや、あの、せめて最初は”西王子さん”にさせて下さい…」
一応天下の西王子家のご長男である。呼び捨てというのは僕の小市民的精神が耐え切れそうにない。というよりも、まだ知り合ったばかりの相手をいきなり呼び捨てにするのはなかなか難しいと思う。
「硬い男だな、君も。まあいい、そのうち慣れるだろう。長い付き合いになるだろうからな。なあ、笹木!」
どうやらそれもこの人にとっては難しいことではないらしい。お偉い方は育った環境もあるだろうしそういうものなのかと思ったが、西王子氏の目には全く人を見下したような色がなく、ただ人懐こい光があるだけだった。どうもこの人物、物言いや口調は倣岸不遜に見えるが、単純に子供のような好奇心の塊なのかもしれない。
はぁ、と僕が生返事で返すと、氏はそれでも満足げに僕の背中を力強く叩いた。それが予想外で突然だったので、僕は格好のつかないことにちょっとばかり咽た。本当にびっくり箱のような人物である。

「ところで西王子さん、何故此処に?待ち合わせの時間までにはあと十五分以上ありますよ。」
意味もなく自分の木綿の長着の襟元に手をやりながら、先ほど気になったことを問うてみる。すると彼は再び腕を組んで答えた。
「約束の場所にずいぶん早く着いてしまったので、折角だからそこらあたりの路地を片端から歩き回っていたんだ。判り難い路地の奥に店があると言っていただろう?」
先はもう聞かなくても判った。歩き回ってあの「ユメ買イマス」という看板を見つけ、待ちきれずに入ってしまったというのだろう。本当に子供のような人なんだなあと、僕は溜息をつきながらもちょっと笑ってしまった。
「僕の勘も捨てたものではない。一時間以内に見つけ出せたぞ。」
誇らしげに笑う西王子氏の言葉を聞いて僕は耳を疑った。
一時間。一時間も前に来ていたのか。いやそれよりも、一時間で見つけ出せたって、いくら判り難い路地とはいっても、待ち合わせをする筈だった場所は、ここから五分もかからない店なのである。僕は返す言葉に窮して力なく笑うだけだった。しかしそんな僕を尻目に、既に西王子氏はカウンターの中の店主に機嫌よく向き直っている。
「店主、僕が西王子だ、以降よろしく頼む。」
「はい、どうぞご贔屓に。」
破天荒な珍客にもまるで動じることなく、二度目にして既に見慣れてきたあの微笑を浮かべ、店主は右手を胸にあてると悠と頭を下げた。この男の動きは独特の緩やかさを持っていて、一瞬時間が引き伸ばされたような錯覚を覚える。まるでこの店の一部のようだ。しかし西王子氏にしてみればそんなことは気にならないらしい。いや、むしろもっと気になるものがたくさんあるということなのだろう。急かすように店主の方へ身を乗り出した。
「早速だが店主、何か面白いものはあるか?」
その横顔はどう見ても玩具を前にした少年のようである。帝大を首席で出た天才とは思えない。
「左様でございますねえ、お客様はどのようなものをお望みで?」
「面白ければ何でもいい、幻が視えるとか、夜な夜な動き回るとか喋るとか、そういう曰くつきのものは大歓迎だ。」
「それでしたらこれなどは…」
僕はどこまでも自分の道のみを突き進む嵐のような西王子氏と、人を煙に巻くような受け応えで微笑し続ける黒眼鏡の店主のやりとりをぼんやりと聞きながら、思わず額を押さえた。僕が変わったものを寄せる体質だという石田の言葉はどうにも否定し難いらしい。
でも。

まあ、それも悪くはないか。

どうやら僕はこの西王子という男を嫌いにはなれそうにない、そんな気がした。それについては実はこの黒尽くめの骨董屋、シゲンドウも同じなのだが。

知らず溜息をついてから顔を上げると、先日の少女が佇んでいるのが目に入った。金色の波打つ長い髪に、タフタらしき鈍い瑠璃色の西洋服を着ている。華奢な胴に巻かれた幅広のリボンだけが繻子織で、一段明るい光沢を放っていた。眉唾としか思えない商談を楽しげに繰り広げているふたりから離れて、僕は少女に笑いかける。
「やあ、こんにちは。」
なるべく穏やかに明るく笑いかけると、少女は変わらずの無表情で先日と同じように片膝を折って西洋風の挨拶をした。
「いらっしゃい、ませ」
少女は小さな声でそう口にした、ように聴こえた。ややたどたどしさはあるものの、この国の言葉である。鈴の響きに似たその細く美しい声は、彼女の整った容貌にとてもよく似合っていた。
「どうも、お邪魔してます。」
僕はなんだか嬉しくなって、少女に向かって丁寧にお辞儀をしてみた。歳の離れた故郷の妹の世話をしていた頃のような気分だ。腰を屈めて目の高さを合わせ、昔妹にしたようにその頭を撫でる。すると少女は糸で引かれるようにゆっくりと、僕の腕の方に手を伸ばした。手でもつなぐのかな、そう思い僕は額に載せていたてのひらを下げる。細く小さな手が、僕の指を掴んだ。
瞬間、その感触に驚いた。冷やりとした毀れそうな指先だった。歌姫の手も冷やりとしていたが、もう少し血の通っている感覚があった気がする。冷たいというよりも、体温のないような感触。もしやこの子はどこか体でも悪いのだろうか。心配になって思わず少女の顔に目を移すと、翠玉の睛が僕を見上げていた。宝石と見紛う程の深く透き通る碧の色に吸い込まれそうになる。

「笹木君、待たせたな!」

早くも聴き慣れてきたその声に振り返ると、彼はけっこうな大きさの袋を三つも提げていた。その目は僕があの電球を譲ると言ったときと同様に、いや、それ以上に輝いている。それだけの大荷物なら届けてもらえばいいのでは、と言おうとしたが、買ったばかりの玩具を運び屋に預けて大人しく待てるような性質ではあるまい。そう思い直した僕は、敢えてそれについては何も言わず、いいものがたくさん見つかってよかったですね、と笑ってみせた。…つもりなのだが、もしかすると若干引き攣っていたかもしれない。
客を送りにか、店主がカウンターから出てこちらへやってくる。どうも、と僕に目配せをすると、少女の肩に白手袋の手を添えた。少女はするりと螺子が解けるように僕の指を離し、両手を下ろす。
「これの相手をして下さっていたのですね。有難うございます。おかげで商談が捗りました。」
少女はそのまま僕から離れて主の傍らに寄った。彼は彼女の右肩を右手で抱いたまま立っている。カウンターから少し明かりのあるところへ出てきたせいで、そのシャツが黒に限りなく近い紺だということに気づいた。繻子織の明るいリボンの蒼、タフタの鈍いドレスの瑠璃色、そして平織りの紺への濃淡が一枚の絵画のように映る。
西王子氏は何故か少女を見た瞬間、少し怪訝そうな顔をした。その顔のまま暫く彼女を見つめている。何だろう、やはりこの少女、何か病でもあるのだろうか。彼は医者だというから、医者の目で見ると思うところがあるのかもしれない。
西王子氏は店主の方へ目を上げると、また、と一言残して体を扉の方へ向けた。僕もそれに続こうとしたそのとき、
「お客様、お忘れ物ですよ。」
と店主が僕に茶色い小さな紙袋を差し出した。口が折り曲げてあるので中身は見えないが、袋の大きさから見ておそらく先ほどの電球だろう。
「え、でも…」
言いかける僕に彼は袋を押し付けると、もう二つ三つ差し上げてもよいくらいですと小声で囁いた。微笑む店主の様子を見るに、西王子氏はよほど上顧客と認定されたらしい。僕は少し悩んだが、ここまでされて断るのも野暮だろう、すみません有難うございますと、詫びとお礼をごちゃ混ぜにしながら目礼してその袋を受け取った。
今度は普通の電球だといいのだが。

「あ、そういえばご店主」
去り際になって僕はひとつ思い出した。
「あの小鳥はどうしてますか?」
僕をこの店に連れて来た、あの小さく美しい翡翠の小鳥。いるなら挨拶くらいして帰りたい。
「ああ、あれでございますか。」
店主は片手を顎にあてて、やや首を傾けると黒眼鏡の陰から宙を見た。ふっと浅く溜息を吐いて再びこちらへ視線を戻す。
「それが困ったことにまた出掛けておりますよ。」
そう言いながらさして困った様子もなく、シゲンドウはいつものあの顔で微笑んだ。

―――振り子時計の音がゆったりと五つ鳴った。

<了>

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ヨルガライヴ内【~帝都復興 一五市~】のおしらせ

ヨルガライヴ「帝都復興機関詞」、再度の予約満了を頂き有難うございました。当日は帝都の空気、そしてヨルガの視せる幻影と幻想を存分に堪能していただけるよう関係者一同精一努めさせて頂く所存です。どうぞ楽しみに足をお運び下さい。

さて、せっかくの「帝都復興」の一夜、音楽だけでなく帝都の雰囲気を楽しんで頂きたく、ひととき帝都の仮胎となる「渋谷DESEO」のラウンジにて、和物や鉱石、雑貨、そして勿論音盤(CD)も含めた小さな市場を立て、帝都第六区の空気をほんの少し再現してみたいと思っております。開場から開演までの時間も1時間と長いことですし、ドリンクカウンターのすぐ前の空間が市場となっておりますので、アルコホルを片手に夜の六区の路地をさまよう気分で、寶探しに興じて頂ければ幸いです。

~帝都復興 一五市~

来る睦月十五日、渋谷DESEOにて、一夜限りの市場が立ちます。
市の名前は「一五市<イチゴイチ>」。
十五日の「一・五ノ市」に一期一会の響きを重ねて、
作家たちによる和柄グッズや鉱石アクセサリー、
がらくた含む雑貨の市をお楽しみ下さい。

勿論音盤(CD)の販売もあります。

和洋折衷玉石混交、紳士淑女の皆様の慧眼にて
一夜の市に一期一会の出会いの生まれんことを。

<出店作家>

靖~sei~

sei
http://sei777.com/blog/
ユニセックスな和柄をテーマとした、手描き、ハンドプリントTシャツなど

Atelier Jophiel
http://f-jophiel.ocnk.net/
パワーストーン、天然石アクセサリー、鉱石雑貨など

Hypnosis nut MARIA

hnmaria

http://www.hnmaria.com/
天然石や硝子ビーズを使用したハンドメイドロザリオの工房

・雪兎蒐集
がらくた、ビー玉、雑貨他

ヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」キャンセル分のチケット予約満了のお知らせ

お客様各位

ヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」キャンセル分のチケットに関しまして、
席数が満了となりましたので、12/15(水)午前0時を持ちまして、ご予約を締め切りとさせて頂きます。
誠にありがとうございました。

12/15(水)午前0時以前にご予約頂きました方々には、
近日中に「入金のご案内」メールをお送りいたしますので、ご確認のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

※また下記の事項にご注意ください。
=================================

・振込先のご案内は、近日中にお送りします「入金のご案内」メールをご確認下さい。
・ご入金締め切りは12月30日(木)ご入金は銀行振込のみとさせて頂きます。
・12月30日(木)までにご入金が確認出来なかった場合はキャンセルとさせていただきます。
・お客様のご都合による入金後のキャンセルおよび払戻しはいたしません。
・入金時の手数料は、お客様のご負担とさせていただきます。

・複数枚ご購入頂きました場合のお振込みは、一度にお済ませ下さい。

お問い合わせフォームはこちら
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出演者、スタッフ一同、ご来場を心よりお待ち申し上げます。

ヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」キャンセル分の再予約受付につきまして

お客様各位

2011年1月15日(土)、渋谷DESEOにて開催のヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」のチケットにつきまして。

若干数ですが、キャンセル分のチケットが確保出来ましたので、再予約を12/9(木)午前0時より受付させて頂きます。
メールにてのご応募で、到着順での受付となります。
数に限りがありますので,規定枚数終了の場合は何卒ご了承くださいませ。

※)全席立ち見となります。

<お申し込みフォーマット>
=================================

・郵便番号、ご住所:
・ご氏名:
(複数チケットをご希望の場合、代表者のお名前)

・メールアドレス:
・緊急のご連絡先(携帯電話番号など):
※未記載でも結構ですが、メールにてご連絡が取れなかった場合は対応いたしかねますので、記載頂くことをご推奨いたします。

・ご希望枚数 :
(1度のお申し込みにつき、4枚までとさせて頂きます)

*******************************************************************************************
上記のフォーマットにご記入の上、お申し込みメールのご送付をお願いします。

メールの件名:【ヨルガワンマンライブ】チケット予約
お申し込み先 メールアドレス:yorlga@tts-products.co.jp

受付は、2010年12月9日(木)午前0時からとなります。
それ以前のお申し込みに付きましては、無効とさせて頂きます。
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※お客様の個人情報は、原則として、
当イベントに関する情報をご提供する目的のために利用致します。

※また下記の事項にご注意ください。
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・再予約開始は2010年12月9日(木)午前0時から、メールの到着順での受付となります。

・受付後、チケットが確保出来た方には「入金のご案内」メールをお送りいたします。(12月13日以降)
・振込先のご案内は、「入金のご案内」メールをご確認下さい。

・ご入金締め切りは12月30日(木)ご入金は銀行振込のみとさせて頂きます。
・12月30日(木)までにご入金が確認出来なかった場合はキャンセルとさせていただきます。
・お客様のご都合による入金後のキャンセルおよび払戻しはいたしません。
・入金時の手数料は、お客様のご負担とさせていただきます。

・枚数制限: 1度のお申し込みにつき、4枚までとさせて頂きます。
・複数枚ご購入頂きました場合のお振込みは、一度にお済ませ下さい。

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ご意見・ご感想


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ヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」ご入金ご案内メール送付完了のお知らせ

ご予約者様各位

この度は、ヨルガワンマンライブ「帝都復興機関詞」の、チケットをご予約頂き、誠にありがとうございました。

ご応募頂きました皆様へ、席種の抽選結果およびチケット代金のご入金につきまして、メールをお送りいたしました。
席種、枚数、金額、口座番号などをご確認の上、代金をお振り込みください。

万が一、ご予約されたにもかかわらずご案内のメールがお手元に届いていない場合は、
大変申し訳有りませんが、お問い合わせのほど、よろしくお願いいたします。

※また下記の事項にご注意ください。
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・ご入金締め切りは11月15日(月)ご入金は銀行振込のみとさせて頂きます。
・11月15日(月)までにご入金が確認出来なかった場合はキャンセルとさせていただきます。
・お客様のご都合による入金後のキャンセルおよび払戻しはいたしません。
・入金時の手数料は、お客様のご負担とさせていただきます。
・複数枚ご購入頂きました場合のお振込みは、一度にお済ませ下さい。

・ご入金の確認はチケットの発送を持って代えさせていただきます。

・チケットの発送は12月を予定しております。1月になっても届かない場合は事故かと思われますので、
お手数ですが、問い合わせフォームより、ご氏名、メールアドレス、チケット予約内容を明記の上お問い合わせ下さい。

・整理番号は10月末までにご入金頂いた方々から抽選を行い、11月以降はご入金順の番号となります。
・キャンセルが出た場合はその番号は欠番とし、自動的にご入場順は繰り上げとなります。
・整理番号は開場時間まで有効とし、入場開始後は列の流れに従っていただきます。

お問い合わせフォームはこちら
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出演者、スタッフ一同、ご来場を心よりお待ち申し上げます。

ヨルガワンマンライヴ「帝都復興機関詞」チケット予約満了いたしました。

ヨルガワンマンライヴ「帝都復興機関詞」チケットは、座席、立ち見ともに予約が満了いたしました。

沢山のご予約、誠にありがとうございました。

ご予約初日に多数のお申し込みを頂きましたので、申し訳ございませんが、座席チケットに関しましては、抽選とさせて頂きます。
初日お申し込みで「座席⇒立見に振り分け希望」をして下さった方には、もし座席の抽選から洩れましても立見チケットを確保させて頂きます。

10月24日以降に「座席チケットのご抽選結果」と「入金のご案内」メールをお送りいたします。

キャンセルが出た場合の御予約再受付は、こちらでまたお知らせしてまいります。(11月15日以降)

どうぞよろしくお願いします。

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・振込先のご案内は、「入金のご案内」メールをご確認下さい。
・ご入金締め切りは11月15日(月)ご入金は銀行振込のみとさせて頂きます。
・11月15日(月)までにご入金が確認出来なかった場合はキャンセルとさせていただきます。
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